公益財団法人 萩陶芸美術館
萩焼・萩陶芸美術館【吉賀大眉記念館】
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萩陶芸美術館「吉賀大眉記念館」 >>萩の観光案内

山口県萩市、史跡や観光名所のご案内

山口県萩市は、四方を山と海に囲まれた自然豊かで風光明媚な地です。
関が原の合戦後、戦国大名毛利氏が安芸広島よりここ萩に転封されてのちは城下町として栄え、
また幕末期には多くの維新志士を輩出したことでも知られる歴史のまちです。
ここではお勧めの観光スポット等をごく一部ご紹介いたします。


幕末期に吉田松陰が主宰した私塾。
安政3(1856)年に松陰が実家の杉家邸内の納屋を増改築して開いた。
塾では身分の区別なく学ぶことができ、門下生には桂小五郎(木戸孝允)・高杉晋作・伊藤博文など幕末維新期に活躍し近代日本の原動力となった数多くの逸材が輩出された。
講義室だった8畳の部屋には松陰の肖像画と机が置いてある。
また明治23年に吉田松陰をまつるために社が建立され、現在では一帯が神社となっている。


萩藩初代藩主毛利秀就の菩提を弔うため、1691(元禄4)年に3代藩主吉就によって建てられた毛利家の菩提寺。
3代〜11代までの奇数代藩主夫妻が葬られている。
重要文化財の総門、大雄宝殿、鐘楼など、雄大で見ごたえのある建造物。
また神道石碑6基、華表5基、石灯篭約500基が整然と立ち並ぶ荘厳な雰囲気の霊域である。

■拝観料200円。(8時30分〜17時)


東光寺とならぶ毛利家の菩提寺で、初代・毛利秀就と2代〜12代の偶数代藩主夫妻が祀られている。
約600基もの石灯篭が整然と並び誠に壮観である。
また、大伽藍と多くの文化財があり、毎年8月のお盆に行われる「萩・万灯会」の迎え火では全ての石灯篭に灯が入り、幽玄な世界が広がる。

■拝観料200円。(8時00分〜17時)


萩城は慶長9年(1604)に毛利輝元が指月山麓に築城したことから、別名指月城(しづきじょう)とも呼ばれる。
山麓の平城と山頂の山城とを合わせた平山城で、本丸、二の丸、三の丸、詰丸からなっていた。明治7年(1874)、天守閣、矢倉などの建物は全て解体され、現在は石垣と堀の一部が昔の姿をとどめ、ここ一帯は国の史跡に指定されている。
春には県の天然記念物に指定されているミドリヨシノを始め、600本余りのソメイヨシノが咲き誇り、桜の名所となっている。

■入園料 大人210円、小人100円 (8時〜17時30分)




萩の堀内地区には古い旧家や武家屋敷が立ち並び、城下町としての風情を醸し出している。
この一帯は昔ながらの土塀と屋敷跡が連続し、白い土塀に夏みかんといった萩ならではの風景が随所に見られる。




18世紀半ば6代藩主毛利宗広が参勤の折、岡山城下に立ち寄った際、岡山城下では瀬戸内海に注ぐ吉井川から城下へ大きな溝を掘って水を引き入れ、城下の経済が潤い生活に活用されていた。
これを真似て、延享元年(1744)農業用水路程度であったものを大きく開削したのが藍場川で、2.6キロメートルにわたり市内を縫うように流れる。
川には鯉が放流され、小道とともに続く風情は萩の中でも印象の深いところである。




1858 年(安政5)に萩藩が鋼鉄製の大砲製作のために建設した、西洋式金属溶解炉(国の史跡に指定されている)。
本体は解体され、下部が玄武岩、上部がレンガ積みの高さ11.5mの煙突だけが残る。薩摩藩や水戸藩などがあいついで建設したが、現存するのはここと静岡県伊豆韮山の2基のみで、全国に2カ所しか残っていない貴重な遺構である。
わが国の産業史上、貴重な遺跡であるとともに萩藩の幕末における軍備充実の熱意がうかがわれる。
萩市小畑地区にあり吉賀大眉記念館からもほど近い。

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萩焼・萩陶芸美術館【吉賀大眉記念館】
〒758-0011 山口県萩市大字椿東永久山426-1
開館時間: AM9:00〜PM5:00 無休 (年末年始休み)
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